現代版北前船プロジェクト 宮津 天橋立 コンセプト 主旨

北前船と日本海

江戸時代後期から明治時代、日本海には北海道と大阪を結ぶ北前船が往来し、海上交通の大動脈として、日本の流通・経済を支えました。特に、津々浦々の寄港地には、北海道のニシンや昆布をはじめ、各地の特産物や情報・文化が行き交い、莫大な経済的な富とともに、豊かな地域文化を育みました。北前船の寄港地には商家や町並みが今も残り、日本海が“日本のメインルート”として繁栄した歴史を伝えています。

 

【現代版北前船プロジェクト】とは・・・

江戸時代中期から明治時代の中期にわたり北海道と大阪などを日本海経由で結び、近世の物流を一手に担ってきた「北前船」。

板子一枚下は地獄と言われた危険な航海に挑みながら、各寄港地に新しい文化の風を吹きました。最大の交易品であったニシンの積み出しで北の港は賑わい、繁栄の基礎が築かれました。

新しい時代の波にのまれ、北前船が姿を消して、130年余り、忘れかけていた歴史・文化を再認識するとともに、この壮大なロマンを現代によみがえらせる活動が始まりました。これが「現代版北前船プロジェクト」です。

ひとつで繋がる海を活かし、日本の各地域が単なる物流だけでなく、人、文化、芸術、食で地域間の交流がなされ、新たに北海道と各地を結ぶ活力が生まれたなら、どんなに素敵なことでしょう。

現代版北前船プロジェクト実行委員会ホームページより抜粋

 

このような趣旨に深く賛同し、自分たちのふるさとを良くしたいと願う、宮津市在住の若者が集い、平成23年5月「現代版北前船プロジェクト宮津実行委員会」が設立されました。現在「現代版北前船プロジェクト」は北海道を始め、各地で広がりを見せています。

 

【現代版北前船プロジェクト宮津実行委員会】のコンセプトとは・・・

「北前船」の寄港地として賑わった宮津市街地の町屋・建築物を活用した歴史・芸術・生活文化に関するイベントを開催し、地域の文化力を高め、ふるさとに対する意識と郷土愛を生み、育み、創造性豊かな町造り、自分たちの時代の町づくりのきっかけとなるような現場を提供する。また、他地域(北前船寄港地)との交流を促進し、歴史・文化・芸術を通して北前船の歴史資源を創造性豊かなまちづくりや町おこしに活用することを目的としています。

 

【天橋立塾】とは・・・

戦前から宮津市魚屋にある文人墨客の宿「清輝楼」にたびたび投宿し、天橋立の濃松付近にて野外講義を開いていた吉川英治らの【天橋立塾】を現代に復活。 第1回目は(平成24年7月13日開催済み)、現代版北前船プロジェクト北海道実行委員会のメンバー、土屋周三氏(元小樽市総合博物館館長)、明楽みゆき氏(チェンバロ奏者)の両氏を迎え、日本海を舞台とした北前船による交流やプロジェクトの今後の展望を語り合いました。